議会は一般質問に入り、この時期は議会に出席する以外にも質問の答弁調整もあり、殆ど他のことはできません。
一般質問の中で面白い質問がありました。
「よく国レベルで、子どもと高齢者にかかる予算が日本では圧倒的に高齢者に偏っているという指摘があるが、千葉市で見るとどうなのか?」というものです。
日本では政府による税の再配分で子育て世代が逆に負担増になるという先進国でも異例の国だとか、子どもと高齢者で7倍ほど予算が違うなど言われており、これが子ども手当導入の一つの要因になっていることは事実です。
ちなみに千葉市レベルでは
平成15年度決算ベースで
・高齢者:324億4700万円(一人当たり:25万円)
・子育て:166億1600万円(一人当たり:13万円)
平成22年度予算ベースで
・高齢者:456億8900万円(一人当たり:24万円)
・子育て:404億2700万円(一人当たり:30万円)
となっており、子育て施策が初めて高齢者施策を上回りました。(市単独だけではなく国費も含む)
これは子ども手当による部分が大きく、それを除くと子育て施策:226億4000万円(一人当たり:17万円)となり、依然として高齢者施策よりは少ない金額となります。
今後、高齢者は一気に増えていきますので、このままのペースでは500億、600億と一気に予算が増えていくことが予想されます。
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2010年06月22日
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高齢者福祉を支えるのは現役世代であり、このまま少子化が進展すれば必ず破綻する仕組みであることは間違いありません。
行政の財政状況に関わらず厚遇を受けるような形であればそれは「既得権益」というのではないでしょうか。
私としては一時的に高齢者福祉が後退したとしても、少子化対策、経済対策に本腰を入れ、持続可能な福祉行政の構築を目指すべきだと思います。
このような財政状況の中でどこかに集中して投資すれば必ず別の部分に痛みを生じます。
しかしそれは行政のムダ使いや天下り・・・云々で解決できるようなレベルではなく、社会構造そのものに起因するものであり、一時的な痛みを恐れて何もしなければ取り返しのつかないことになります。
市長や議員の皆さんにはこの問題をタブー視することなく、現実を直視した政策を打ち出していただきたいです。
熊谷市長にもまさに現役世代として、この問題についてどのような見解をお持ちかお伺いしたいものです。
姑は寝たきりになって闘病の末 亡くなったのですが、「税金をつかって申し訳ない」ということを しきりに言っていました。
「これまで一生懸命働いて納めてきたのだから、堂々とつかってください」と 何度も話しましたが、どうも最期まで罪悪感が消えなかったようです。そんな思いをさせてしまったこと、いまだに胸が痛みます。
更に 少し重い障害の子どもがいますが、
「おかげで我々の税金が高くなる」と 面と向かって他人に言われたことがあります。
やはり現実問題、「ばらまき」と見られても仕方のない部分があるのかもしれない。
でも、当事者からすると どうも本当に必要なところからズレている気もします。
実際には自己負担が大きくアップアップしている状態です。
どこに本当に必要で、どれだけ本当に必要か、ということを見極めて是正していくことは必要だと思います。
それにはやはり、一にも二にも現場を見て 現場の声を聞く、ということに尽きるように思います。
そして、以前と比べれば そんな風に変わってきているように思います。
よく制度も変わって 正直 振り回されて大変ですけれど、試行錯誤も必要なのでしょうね。何もしないよりは とにかくアレコレやってみるのは(大変だけど)良いのかもしれない。
私たち自身も 「こういうことが必要」とか「こういうことで困っている」ということを諦めずに言い続けなければいけないですね。
子供には選挙権がありません。年寄りには選挙権があります。年寄りの今までの貢献もありましょうが、年寄り自身、子供のときに守られてきたから、今まで生きてこれたのです。子供たちには、すべてがあるといえるなら、年寄りはそのすべてを体験してきたのです。
子供か、年寄りか、二者択一ではないのは確かでしょうが、年寄りが、子供たちのために貢献できるような制度が望ましいですね。
限られた財政をどう使っていくのか、年寄りが子供たちの未来に貢献できる方法はあるのか?
政治家も、市民も、もっと正面から議論してほしいですね。