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2013年01月21日

首長と国会議員の兼職について

橋下市長が首長と国会議員の兼務について訴えており、その是非についてメディアでも議論されています。
先日も日経新聞に特集が組まれ、私の発言も紹介されましたが、私の本意とはだいぶ違う形で紹介されていますので、少し詳しく説明したいと思います。

現在、首長と国会議員を兼務することは法的に不可能です。

・地方自治法
「普通地方公共団体の長は、衆議院議員又は参議院議員と兼ねることができない」
・国会法
「議員は、(政務三役など)を除いては、その任期中国又は地方公共団体の公務員と兼ねることができない」
・公職選挙法
「国若しくは地方公共団体の公務員又は特定独立行政法人若しくは特定地方独立行政法人の役員若しくは職員は、在職中、公職の候補者となることができない」

と規定されており、首長と国会議員の兼職は各種法律によって明確に禁止されています。
その禁止条項を見直し、首長と国会議員の兼職を可能とすることで、地方の意見をダイレクトに国に反映できるようにしよう、というのが橋下市長の訴えですし、指定都市市長会議の提案でもあります。

ただし、この首長と国会議員の兼職については賛成派・反対派の中でも様々なレベルがあり、賛成だからといって必ずしも同じ意見ではありません。
私は首長と国会議員の兼職については検討に値すると考えており、どちらかといえば賛成派ですが、現在の国会議員の権限や役割、国会の構成の中で首長と兼職を可能にすることは反対です。反対の方々が主張されるように、現在の首長の仕事と国会議員の仕事を両立させることは現実的に不可能だからです。

今後、国会改革、具体的には参議院をどうしていくか、という議論をしていく中で、参議院が衆議院とは全く別の院という位置づけとなり、例えば各分野の有識者によって議論を深める場となれば、その中に地方の意見を代表する立場として首長が一定人数入ることは不思議な話ではありません。全ての法案を審査するというのではなく、他国の上院のように予算と関係しない、国のあり方などについて議論するのであれば、業務量も今の参議院議員ほどにはならないでしょう。その際、私は首長だけではなく地方議員の代表者も含めるべきと考えます。
ただ、この場合、首長は選挙によって選ばれるというよりは、ヨーロッパの例のように、知事会や市長会といった分野から選任されるような形が良いのではないかと考えています。

前回の指定都市市長会議でもこの問題について喧々諤々の議論がありました。
例えば、名古屋市の河村市長は「選挙に出れるようにして欲しい。受かったら市長を辞めてもいい」という、どちらかというと市長という立場のままで今の国会議員の選挙に出れるようにして欲しい、というのが真意でした。
反対する市長からは「今の市長の仕事と国会議員の仕事は兼務不可能だ」「私たちが国に行ったら本末転倒ではないか」という議論があり、私からは上記のような話を出し、最大公約数として、

「地方の声を国政に反映する仕組みの一つとして、地方自治体の首長と国会議員の兼職が可能な仕組みについて、二院制における参議院のあり方を含めた国会制度改革も視野に入れながら、具体的な検討を進めること」

という文章で落ち着いたわけです。
この辺りの議論を理解しないで賛成派・反対派と色分けしてもあまり意味が無いのですが、議論が専門的過ぎるのと、メディア的には白黒付けたい、という中で誤解を生みかねない紹介になっています。

なぜ、そこまで首長と国会議員の兼職の議論をするのかというと、地方の実情について国会で議論することに限界があるからです。
現在は総務省が政府の中で地方の意見を代弁する存在であり、一定の役割を果たしてくれていますが、代弁であって直接地方行政の人間が意見を言えるわけではありません。また、首長など地方政治を経験した国会議員が居たとしても、現場から離れてしまっている以上、本当の意味で地方の実情を話せるわけではありません。

民主党政権の時に「国と地方の協議の場」が法制化され、国と地方が協議しなければならない事項はこの協議の場で議論、決定されることになりましたが、本来は新たな存在を作るよりは、既に制度化されている国会の中でその役割を組み込んでも良いという議論もあります。

元国会議員だった鈴木・浜松市長曰く、「自分だって国会に戻れば、また永田町の人間に戻ってしまい、地方の感覚は日に日に薄れていくだろう。今こうして地方行政の執務をしている人間が国会で発言することに意味がある」とのことです。
何か政策を検討する際にも、国会議員では数人のスタッフしか持てませんが、首長は何百、何千人という行政組織を活用して情報収集・検討することができます。この差は大きいです。

もちろん、次の参議院議員選挙において地方首長が立候補するしないの話ではないと思います。
posted by 熊谷俊人 at 13:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 国や県の制度など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
橋下徹大阪市長の兼職発言について触れていらっしゃいますが、最近は大阪の市立高校の体育科が悪い意味で大きな問題、話題になってますね

これを機会に、市立高校のあり方について思うことがあるのです

千葉県の市立高校は、
千葉市の市立千葉と市立稲毛以外には
市立習志野、市立船橋、市立柏、市立松戸、市立銚子くらいだと思います

勝浦方面で、3校の県立高校の統廃合により市立高校の設置を検討という記事は見ましたが。

千葉市でも、市立稲毛は中高一貫、市立千葉はスーパーサイエンススクールの認定だか特色を打ち出しているのは承知しており、良い取り組みだと思っております

他所にあるからうちも欲しいみたいな、無いものねだりに近いのことわかっていますが、思うことがあります。

市立習志野と市立船橋はスポーツの名門ですよね。市立習志野は野球、市立船橋は野球、サッカーが強豪でプロ野球選手やJリーガーを輩出していますよね。野球とサッカー以外はよくわからないんですが、千葉ロッテマリーンズを例に取っても福浦選手は市立習志野、清田選手は市立柏だったはずです。

スポーツ以外でも市立習志野、市立船橋、市立柏などはプラスバンドだか吹奏楽が強豪だったと記憶してます

市長がジェフの監督が頻繁に交代するのは〜と懸念されていたのは存じております

JリーグはJ1とJ2などたくさんチームがありますが、プロ野球は12球団しかありません

千葉市はプロ野球もJリーグも両方チームがある、さらに近年人気が上昇している女子サッカーのなでしこリーグのチームまであるポテンシャルに満ちた魅力のある都市だと誇りに思っています

マリーンズやジェフが地域密着するためにはマリーンズやジェフ自身が一番汗をかく必要があると思いますが、千葉市にも地域密着やスポーツ振興を遠回りでも応援できないのかなと思います。

例えば、千葉ロッテマリーンズの二軍が千葉市はおろか千葉県内にもなく、埼玉県にあるのを憂いています。
しかしながら、二軍の移転誘致は土地に建物にかなりの金額の投資が必要で、財政健全化を進める千葉市には余裕がないように感じます。さらに移転誘致には相手が存在しますよね。マリーンズが千葉に移転する気がどこまであるのか?


アメリカのメジャーリーグに比べたら、日本のプロ野球は移籍が少なく、生え抜きがファンから愛されます。また地元出身の選手も愛されます。

サッカーは日本のJリーグにおいても移籍が活発ですが、プロ野球同様にやっぱり生え抜きや地元出身の選手は愛されます。

国民性でしょうかね?

市立船橋や市立習志野のように、市立千葉や市立稲毛もスポーツに力を入れるのは無理なんでしょうか?

市立船橋とかのように体育科を設置するのはあまり現実的ではないのでしょうか?

先に書きましたように、市立稲毛は中高一貫、市立千葉はスーパーサイエンススクールの認定などすでに特色を打ち出しているのは承知のうえです。

もちろん、プロ選手を輩出する、トップアスリートを養成するだけがスポーツ振興だとは考えていません。それは狭義の意味であって、広い意味ではスポーツ振興とは子供からお年寄りまでスポーツをやったり観たりスポーツに親しむ事だと思います。

Jリーグはともかく、プロ野球はドラフト制度なので仮に相思相愛でも意中の球団に入れるかはわかりません

ただ、共通するのは、体育科の設置なり何なり、スポーツに力を入れて、地元から有力選手を送り出そうという事です。

マリーンズにジェフに地元出身の選手が増えたら、地元出身のスター選手が増えたら、もっと身近に感じたり、愛着を持ったり、もっとチームが地域に根差して地域に定着する1つの要因になると思うのです

千葉県内の私立高校が経営破綻になり全国的ニュースになりました。
少子高齢化、地方分権の世の中、地域における市立高校のあり方、戦略などを考える際には、ぜひご一考くださいませ
Posted by 俺たちの誇り at 2013年01月21日 20:20
ご意見ありがとうございます。
市立船橋などの活躍を見ていると「千葉市にも体育で全国区になる学校を!」という気持ちにどうしてもなってしまいますよね。市内のスポーツ少年少女が市内でその後も活躍できるように、との視点も大事です。

体育に特化した学校を作るには広大なグラウンドの確保など、かなりの投資が必要です。
また、今はどのスポーツもレベルが高くなっており、全国区になるにはある程度の「無理」をしなければ難しい状況にあります。
一握りのスポーツエリートのために税金を投入するよりは、多くの子どもたちのスポーツ環境整備のために税金を投入したいと私たちは考えています。

また、今回の体罰事件で考えなければならないのは、常に勝利を義務付けられた指導者と生徒の置かれた心理ではないでしょうか。
Posted by 熊谷俊人 at 2013年02月04日 06:45
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